先日、某史跡&観光名所に、
留学生の授業の引率で出かけたのだけれども・・・。
学生は12名、引率は2名。
一緒に歩いていれば、もうこれはいかにも、団体での見学客。

現れ出でたる、
ボランティア解説員。 かなりのご高齢。 黒いかばん(小)をタスキ掛け。
「おぉ、福岡教育大学ですか。」
む・・・・この反応は・・・・
「私はそこの第1回卒業生です。
教員をしとりました。 90(歳)になりまして。
勲章ももらってねぇ、ほら、ここに・・・」
(勲章の写真をプリントアウトしたA4の紙をクリアファイルに入れて
ゆるく二つ折りにしたのをカバンから出す)
あっという間に、彼のペース。
「説明しましょうか。」
…あっ、いや、ちょっとその、時間が…。
「20分ぐらいですので。説明いたしましょうか。」
もう逃げられない空気。 無碍にも出来ない。
しかしこちらは留学生。 こういう方々の日本語は非常に分かりづらいと予測される。
しかし最早逃げられない。
・・・・はぁ、では、短めに・・・・おね、お、お願いいた…
「はい! ではみなさん、ここに座って!」
食い気味に、史跡解説奉行の人生謳歌タイムは始まったのだった。
実にきびきびと動く手足。
水を得たサカナ。生徒を得た教師。いとオソロシ。
暑い日差し。
留学生にとって前提の無い歴史上の人物、歴史用語の応酬。
わかりヅライ方言的発音。いとムナシ。
誰のための解説なのか?なんだかとにかく、解説は終了。
はい、皆で! とこっちが仕切って、「お礼を言いましょう。」
留学生たち、「アリガトウゴザイマシタ!」
さて、次はすぐそこにある資料展示館に行きますよ、と予定通りに動きたい我々。
しかし余韻をかみ締めるようにまだ続いている、お奉行殿のお話。
もう1名の引率教員がほとんどそのお相手をしている状況。
こっちはジワジワと学生を引っ張って展示館の方へ。
奉行たちからはダイブ離れた。
振り返って、さぁ、どうするかね、とその二人のほうを遠く見やると、引率教員、
行け!早く行け!
と手で合図。
もう、
ここは俺が防ぐ!
みたいな。撃ち合いの最前線みたいになっていて。
ハイッ!
と遠くへうなづき、学生達を安全な展示館へ導く小隊長のあたくし…
誰のための解説なのか?そのお奉行さま、「教える」ことが生涯の心の支えなのだろうなぁ。
楽しいのだろうし。
でも、どうだろう。
無碍にできんと感じる我々、留学生たちも同じような空気を感じ取り、従ってるのだよなぁ。
そして、ひとり元気に話すお奉行さま。
その人のためにこの学生たちは20分間座っている、という図式が出来てしまっている。
我々には無く、その人が持っている 「知識」 があることは間違いない事実なのだけど、なんでああなるのか。
あの空気に気付いていないのは、まさにあのお奉行さまだけなのよね。
あれが年齢によって起こる図式なのかと思うと、あまりに悲しい。
同時に頭に浮かんでいたのは、書くのにやや憚られることだけれども、
現役の時代にほんとに生徒・学生の側を常に意識していた教員が、
少し歳をとったぐらいでああいう風になってしまうだろうか、
ということ。
つまり、ひとに説明するのが楽しいから説明している、という状況は、歳をとったから起きてしまうことなのではなく、もしかして、
もしかしてですが、結局、退屈な授業を黙って聞かされる生徒・学生の側の苦痛は何も考えなかったタイプの教員が、
教えるって楽しい、生徒たち皆オレの言うこと聞くし、
と悩みもせずに定年を迎え、まだ飽き足らずになんかしたい、教えるの得意だから何か教えてあげる、とでもいうような意識を動機付けとして解説員に…っていうことだったりしたら……?
などと考えると、歳をとっていく、という不可避の悲しみとはまた別の、
人生における修行ってナニ?的な、ムナシさを覚えるのでした。
まぁ、そっちのほうが、多少の心がけで歳をとっていきつつもなんとか軌道修正でき得るものではあるかもしれんけど、などと、短い距離で考えつつ、展示館のほうへ、羊飼いのように留学生たちをまとめつつ進んで、いや、逃げ込んで行ったのね。
・・・・そして。逃げ込んだ展示館に待ち受けていたものは・・・
解説奉行2号!!
今度はおそらく、70歳台の、まんなかぐらいか?元気な後半か?そんぐらい。
間違いなく
パワーアップである。
さあ、また始まる、人生謳歌タイム (あくまで解説員のかたの)。
説明がひとしきり終わって、留学生が私に 「センセイ、これは何ですか?」 と質問し、私が 「これはね、」 と始めた途端、
ヌッ!と、ほんとにヌッ!と元気に聞きつけて首を出し、
「あのね、ご説明の途中ですがね、」
と、説明のし直しが始まる。
(引き裂かれる学生とセンセイ …涙)
そのお心は、非常〜〜〜にありがたいのです。
ありがたいのですけれども!

留学生に対して何か説明する時には、複雑な情報は必要に応じて省きつつ、それを彼らの日本語力を考慮しながら平易な語彙と文を組み合わせて話す、という、それなりにコッチが脳を使わないといけない状況があるわけ。
そうしないと、伝わるものも伝わらない。
だから勉強のためにあの史跡に勝手に自分らで行って見ときなさい、ではなくって、こっちが付いていく必要がある。
その辺の前提を、留学生の専門ではない以上もちろんお持ちでないお奉行様たちの言動というのは、「ああ、留学生ですか。ウェア〜・ア〜ユ〜・フロム?」とか言い始めて (あとは日本語だけど)、こう、まるで
飼い猫が地面に降りた雀たちの中に喜んでぷわ〜〜っと飛び込むような無邪気な言動に見えてしまうところが多いということになってしまう。避けられないこととして。
だからこそ、そのお心づかいと無邪気さのハザマにあるコチラとしては、解説をお願いすることに正直非常に憚られるところが大きいのだな。
まぁ逆に、こういったことはどうしても起こりがちなところとして、こちらも、それっほどには目くじら立ててるわけでもなく、 ま〜ぁ、地域の方々との触れ合いとして、一般の方々の日本語もどのくらい分かるか、試してみ〜、ぐらいの意識もあるちゃ〜、ある。
しかし。
先の奉行1号と同じく、非常に無碍にもできない、てゆうか、断っても結局その同じ場にしばらくいるわけなので気まずい → 事実上断れない、という悩ましさも、とてもとても強いのよね。

とにかく、さぁ、やっと、その展示館でのご説明も一通り終わって、あとは次の大きな目的地方面に向けて、点在する史跡を辿って、秋の良い天気の長閑な道を自分たちだけで歩いて行こ…うとした途端、我々引率教員2名の間から顔を出したのは、、、
たった今分かれたはずの
解説奉行2号!!!!!!


使命感に燃えた表情で、
「あなた方、とても熱心なので、私が付いていきましょう。」
頼んだか?・・・・わかりました、いいですよ、そこまで頼んで来られるのなら、その熱意に負けました、私も見ての通り多忙ですが、このあとの史跡のご案内もお引き受けいたしましょう。
と、いうような主旨なのね。
2号のアタマん中ではね。
だからよ、
頼んだか? っつの。



その後もずっと、ずっと。彼の人生謳歌は続いたのだった。
2号は教員ではなかったのかもしれんが、教育委員会におりました、と、まぁどっか似たような。
留学生の引率は、「理解」させる目的の面だけでなく、お金をどれだけ使わせることになるか、ということも意識しないといけない大きなポイント。 お昼ごはんを食べさせる場所だけでも、気を使う。
が、しかし、2号は力説するわけ。あそこのお寺の隣に立ってる宝蔵館にも入って、国宝級の仏像をぜひ見てほしい、と。 予定に入れてない入場料も要るのよね。
とにかく、愛しているのはわかる。1号も2号も。
愛してやまないのだろうーねーその土地やそこに染み付いた歴史を。
けど、日本人の日本への愛情だけでは流せないところもあり・・・。
宗教関係の場所に行くにはまた、いろんな気遣いをこっちはしているわけ。
神社に立ち寄ったんだから皆で手を合わせときましょ的な、日本人にはなんっでもないことが、留学生たちの中には、違う宗教を強要されたと感じてしまう者もいる、強要とまではいかなくても、かなり戸惑う者もいる。
それを我々引率は先回りして、日本の文化として眺めるだけでいい、とか、興味がある人は日本文化の経験として、手水舎で手を洗って拍手を打ってみれば、とか、やってみる人はお寺では拍手はしないで手を合わせるだけです、とか言って様々な文化のモンたちへの配慮をしてるわけ。
もうかなり予定時間オーバーで長いこと説明してもらいまくって学生クタクタに近くって、そこでまだ、はい、ではあそこに入場して仏像拝んで、すばらしいから、って言われるのはほんと、引率泣かせの極みだわよ。
入場料も、いくら国宝級とはいえ、いくつかの仏像が並んでるだけの建物に入るのに、一般¥500。
団体扱いは20数名以上、こっちは14名。
そこに2号が、天からの救いのように・・・
窓口で ”お口利き” → 学生の団体料金¥200で…って、なんか、お礼言うことになるわけね。・・・・?

「ありがとうございます、おかげさまで安い料金で入れていただきまして。」
中に入って見ていたら、売られていたお守りを、留学生が
「センセイ、あのお守りが買いたいです。 でも次に行くテンマングウにもっといっぱいありますか?」
うん、天満宮の方がもっといろんな種類の中から選べるから面白いと思うよ。
縁結びのお守りなんかもあるし。
エンムスビってわかる? 恋人ができま…
「
(ヌッ!)天満宮へ、行かれますかっ?」

・・・・あ、はぁ。
(フフッと笑って私の顔見る留学生。
センセイ、どう答えるの?って空気。またついて来させるんかい、という脱力感。)
そこを出て、
さあでは皆さん、解説してくださった解説員のかたに、お礼を言いましょう!
あ、お名前をお聞きしていませんでした、お名前を教えてください。
(・・・・名乗らないまま、黙々と名刺を探し続ける。)
「あの、お名前を教えていただければ・・・」
「…こっちの名刺しか無い、あっちの名刺が確か、あ、今日は無いかな…」
「あの、お名前を…」
「……(もそもそ探し続ける)」
もう、たのむ。
じゃ、もういいよ。 なまえ。
一応、不本意らしい名刺もらって、皆で 「アリガトウゴザイマシタ!」
「いえいえ、
こんな機会はめったに無いでしょうからね。」
(ご安心ください。2号解説員殿とはもう、そこまででお別れいたしました。)
その後歩いて、最終目的地 (まぁつまり、太宰府天満宮だ) に辿り着いた時には、
もう皆、ほんとにクタクタ。
彼らは何を感じ、何を考えただろうか。
1号殿と、2号殿のあの日の日記に書かれた内容だけは、なんとなく想像がつくような。
まぁ、せめて解説奉行ジジィも↓こんぐらいだったらねぇ〜
- 2009/11/15(日) 16:01:02|
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そうカンタンに働きモードになってたまるか・・・・とかゆっていたら、お尻に火が。
尻着火。それでもライブ音源をアップし続け、
無料ダウンロードできるようにしまくったのよ。
それはそれは、録音を繰り返し繰り返し聴き続けて、
一人で自分にダメだしし続けるような・・・作業なのでキツイのだけど。
まぁそげな楽屋バナシはおいといて。
さて、もう数ヶ月、皆様のお耳から離れております
坪内佐智世のお歌を、
お茶の間のあなたに。
monstar.fm坪内佐智世のページよりどうぞ!!
↑こっちはオリジナル曲の音源のみなのね。
ずいぶん前に登録したアーティスト写真、オレ半笑い(汗)
まだキーワード入力だの様々入力途中なのだが、とにかく今、尻着火。
もひとつ、別のところでも。音楽配信コミュニティ★recommuni (レコミュニ)
坪内 佐智世のページへカモン。がんばってるでしょ、あたくし。お聴きいただきたい一心で。
↑こっちは、カバーのほうも、ここがお金を払ってるんだってさ。だからアップしたのざんす。
でも、幾夜も貫徹してもっといっぱいアップしたはずなのに、なぜかこんだけしか反映してないの。なぜ?
まだ原因解明できてないの。だって、気がついたら、お仕事欽ちゃん走りモード前夜なの。これからおちごと行くの。尻着火なの。
だーかーらー! こーゆーのに詳しいひと誰かヘルプして、って呼びかけ続けてるってゆうのによ。
救いの手は一個ものびてこないわけよ。
だーかーらー! ものっすごい不備がある危険性大大大なので、気がついたらぜひ教えてください皆様!
だーかーらー! 着火した尻で三味線のお稽古はお休みして、
でも博多座では海老スケの早替わりしっかり観たりして、
んでもう、欽ちゃん走りなわけ。
海老スケの感想書くヒマも写真も無いわけ。
尻着火。
部屋の中はまだ、ひとり合宿状態で歌つくりまくっていた時のままなのに、
てゆうか、気持ちとしてはまだ合宿中だというのに、きがつけば
あれは夏。いまは、もう秋。誰もいない海。つらくてもつらくても死にはしないと〜♪ 誰の歌だっけ?
じゃとにかくまた!!!! (欽ちゃん走りで去る)
- 2009/10/04(日) 12:00:30|
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そうカンタンに、働きモードに戻ってたまるか。
9月に入った途端にまず、休みをとってみた。連休。
だって、すぐまた会議攻めの日々が始まるのだからさ。
つまり、なんていうの、明日、任意同行が決まってるおっさんが
しみじみと最後のシャバで晩酌するみたいなもんよ。
ある意味、9月を待っていたのだ。
世の中のガキどもが学校に戻るのを。
観に行きたい博物館の特別展があったのに、夏休みとぶつけられちゃあ、なぁ。
夏休み中の 「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展」
夏休み中の 「阿修羅展」
・・・・なんて、聴いただけで目眩が。
だから待っていたのだ。9月を。
そしてそういうものを観に行く場合には、基本、和装なのだ。最近の決め事的に。
今回はオトコ姿である。
珍しくワガで撮影をしてみる。酔っ払っているからである。

うーむ・・・かなり限界まで帯を下に下ろして、骨盤の上で巻いているつもりなのだけど、どうしてもこれこのように、ウエスト志向になってしまうのオレ♀・・・・
手ぇ腰に置いているのは、カッコつけているというよりも、少しでも帯を下に見せるための涙ぐましい努力。酔っ払ってるけど。
まあよい。もっと詳しくお見せいたそう。
これは、世にも恐ろしい東京・富ヶ谷の 「
月影屋」 の浴衣なのだよ。
どんなに恐ろしいかというとね、ほら。

下半身に、爪の長いお化けが陣取っているのだよ。
この前夜、最近、睡眠不足もいいとこなのだけど、そんな中ちょろっと寝た際の夢ん中、
私はこのお化け浴衣を自慢中。
相手は観月ありさ。(理由は不明)
「爪といえばね、私の浴衣にはホレ、爪があるのよ!」
観月ありさは、強気に フン という、かなりのリアクション薄。
爪といえば、って、どんな爪つながりの文脈だったのかも、不明。
・・・・しかし改めて、なんで観月ありさだったのか。

「みつき」 じゃなくて、「みづき」 だったのね。事実誤認が一つ減りまして、何よりです。
さて、みづきありさはおいといて。
坪内佐智世・或いは・おらく に戻るわよ。
ところで、下駄もオトコもの。
ふだんはGパンにこのバンカラ下駄で、
雪駄に引き続き、「うちのヒトのをちょいと借りてきたんだよ〜」 って体で履いているのだけど。
「うちのヒトのを」 シリーズね。
今回は浴衣まで、”うちのヒトのを” 系。
いったいうちのヒトは今、裸なのかぇ?

なんでか、嬉しげなのである。
酔っ払っているからである。

ほらね。
- 2009/09/03(木) 03:51:23|
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